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アーサー C クラークの世界

小学校の図工の時間に、未来の自分という絵を書かされたことがあります。そのなかに、壁掛けテレビを書いて、こんなものができたらすごいなあ、と思ったことを覚えています。
その壁掛けテレビが今、町の電気屋さんでは普通に売っています。

コンピューターが世に出た当時、早速導入した会社にいってみたら、ひとつの部屋を大きな機械が占領していて、空調をかけて、おおごとになっていたのを記憶しています。価格も家一軒が変えるほどだったと思います。

そのコンピューターの機能は、いま10万円で買えるコンピューターよりもはるかに劣るものだったに違いありません。

人間の長い歴史を凝縮してみたら、最近の進化のスピードは急速です。人間がよりあつまってこなしてきた仕事も、多くの部分をさまざまな機械が代行できるようになりました。機械化で人員を大幅に削減できる職場も生まれてきて、また機械とかかわる時間も長くなってきています。人間と対することが重要であった時代を一気に抜け出して、機械やコンピューターと向き合っている時間が多くなってくると、何かが変わってくるのも理解できるような気がします。
かく言う私も毎日数時間はPCに向き合って生活しているわけで。

アーサー C クラークの描いた『2001年宇宙の旅』では、コンピューターの知能が人間を越える様子が描かれていました。
以前、スリランカでスタンリーCクラークさんのご自宅を訪れたことがあります。スタンリーさんは、ご自分の描いた作品の世界とはかけ離れたのんびりとした南の島でスローライフを送っておられたのが印象的でした。
彼は機械と向き合う生活が及ぼす心の変化を見透かして折られたのでしょうか。

加速度が増している機械化と人間の心の問題が気になるこのごろです。毎日人と会い、語り合うことが生活の基本であった時代の人間と、一日の大半を機械と向き合い、感情の機微などと触れ合うことの少ない生活を送っていく時代の人間とでは、なにかが違ってくるのは理解できます。

リセットや交換、買い替えの効かないことを教える、『人間との触れ合い方教室』のようなものが必要になる時代も遠くないような気がしてきました。

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