忌野清志郎さんが、58歳の若さで逝去なさいました。
私が彼を知ったのは、10代半ばのころ、“720”という朝のTV番組の音楽コーナーでした。当時はフォークソング・ブーム。「ベッツイー&クリス」、「ザリガニーズ」「吉田拓郎」などたくさんのフォークシンガー、グループが出演しました。
「ぼくの好きなおじさん」という一風変わった歌は、彼のダミ声と相まって不思議な味をだしていて、強く印象に残っています。
その後、ロックに転向し、いろいろと話題を振りまいたのですが、どちらかというとJAZZに傾倒していた私は、あまり進んで彼の音楽を聴くことはありませんでした。
がん治療を続けていた彼が、58歳という若さで亡くなったというニュースを聞き、とても気になり、彼の曲を無性に聞きたくなりYoutubeで検索しました。
そこで、はじめて目にしたすばらしいステージの数々は、興味を持たなかった自分を悔やませました。とくに印象的だったのは、彼が自転車を始めたエピソード。
《山形で地崩れがおこり、4人が生き埋めになる事故が起きたとき、ひとりの父親がたったひとりで10kmはなれた現場に向かい、息子を助け出した記事を見たとき、僕も家族になにかあった時に、助けられるように体を鍛えなきゃ、と思ったんです。》
それは、私が息子を持った頃に思ったことと同じでした。(私の場合は、ボディビルでした。)
初めての子供ができた時に、ロックミュージシャンとして、アイデンティティに苦しんだとのという彼が、ステージで子供から嬉しそうに花束を受け取る映像などを見るにつけ、19歳のご長男と娘さんのお二人を残して逝くことは、さぞかし無念だったことだろうと思います。
荒々しいステージでのパフォーマンスとは裏腹の、シャイで礼儀正しいインタビューの数々。
元気に飛び跳ねていた若い時のステージの数々。
TVの生放送でのきわどいパフォーマンスの数々。
やさしさがあふれるような曲の数々。
飛びあがるのがつらそうに見える復帰後のステージ。
私のゴールデンウィークは、Youtubeにくぎづけで、彼への喪に服する時間となりました。
彼のステージ、彼の歌は、彼にしかできない、One&Onlyのものでした。
彼の音楽の源といえるものが彼の独特の声。
その声が出なくなるかもしれない、という手術を敢えて拒んだ彼の気持ちはよくわかりました。
がんとも強く戦った彼の冥福を心から祈ります。
TVの生放送で歌った《FM東京の歌》
「ざまあみやがれ!」の捨てゼリフ、しびれました。
呻くように歌う《あきれてものもいえない》
素晴らしかったです。
おまわりさんに捕まったエピソードをうたう《赤い原付き》
10代の頃を思い出させてくれました。
ありがとう。そして、さようなら。